2010年4月27日星期二

育儿补助金 (天声人�)2010年4月27日(火)付

第11代将��川家�(いえなり)は、50人を超す子だくさんで知られた。膨らむ�育�、�子や嫁に出す�の持参金、大奥がらみの散�で、もともと苦しい幕府の台所は�らいだ。以後、幕藩体制は�いていく�

第11代将军德川家齐,因有50多人的子女而被广而人知。因为膨胀的养育费、养子女儿结婚时的陪送金,后宫的花销,动摇了本来已经苦不堪言的幕府财政。以后,幕蕃体制逐渐没落。

家�が40人もの�室を�(め)でた�代から200年。再び火の�の�政から、子ども手当が�り出される。社会全体で子育てを�援する考えに�存はない。だが、日本に住む外国人の、海外にいる子にまで出すのは�前が良すぎないか�

到了家齐爱拥40多房老婆的时代的200年后。再次从如履薄冰的财政中,抽出了育儿补助。对于社会全体进行育儿支援的想法并没有意见。但是,连住在日本的外国人海外的子女也要补助,这有点太大方了吧。

兵��尼崎市に住む�国人の男性が「妻の母国、タイの修道院と孤�院にいる554人と�子��している」と、年�で�8600万�の手当を申�した。批判派が警告していた「乱用」も、ここまでくるとすがすがしい。当然、市役所の�口は拒んだ�

住在兵库县尼崎市的韩国男性,以“在妻子的祖国,泰国的修道院和孤儿院收养了554人的养子。”为由,申请了年8600万日元的补助。到这个地步,显而易见是批判派警告过的“乱用”行为。当然,市政府的窗口拒绝了这个申请。

( 拒む:こばむ )

厚生��省は「例えば孤�50人の�子を抱える外国人には支�しない」と、前もって自治体に�えている。家�もびっくりの、けた�いの大家族。慈善に生きる人ならば、554人の�と名が重なるか�うてみたい�

厚生劳动部从以前就向自治体传达过,“比如对拥有50人养子的外国人不进行支给”。何况是家齐也会震惊的1位数差异的大家族。如果真是为慈善而生的人,倒要问问,能把554个人的脸和名字对上号吗。

�れていても、世�やしつけをし、仕送りしていれば支�されるという。このあいまいさは、これからも混乱のもとだ。世は�人ばかりではなく、子どもを金づると�る�もいよう。使い道を善意に�る�金支�より、保育所づくりなど地道な支援を急いでほしい�

尽管分开,只要需要照顾和教育,并且汇生活费的话,就会支给。这用暧昧,都是已经混乱并且从现在开始也会继续混乱的源头。世上并不仅仅都是圣人,也有把小孩看作赚钱工具的父母。对于是使用方法,比起依存于善良的现金支给,希望能够在幼儿园建设等实实在在的事情上加快步伐。

仕送り:汇生活费

家�は50という数に�があって、在�50年は�代の将�で最�だった。任に堪えない�政者がだらだらと居座った�の悲�は、�史が示す通りである。お人よしのリ�ダ�、人のいい政策。どちらも国と血税を危うくする。

家齐和50这个数字有缘,在职50年也是历代将军中最长的,没有能力的执政者长期在位的时代的悲剧,如同历史所示。好好先生的领导,人仁的政策。都会使国家和血税陷入危机。

 

 

 

2009年6月23日星期二

臍曲り  へそまがり

臍曲り (へそまがり)
へそまがりの男
彼はへそまがりだ。

臍を曲げる

2009年5月31日星期日

「お酒を飲む」文化 V2修正後

CHO

6共通点・類似点・相違点:あなたの国と日本との習慣の違い(食事のマナー・休日の過ごし方など)を話し合いなさい。

 

お酒を飲まない国はないだろう。もしお酒がなければ、「明月幾時有、把酒問青天」などの詩句なかっただろう。お酒は文化の重要構成要素と言えると思います。また、お酒の味が国によって違いがあると同じように、「酒文化」も国によって違いがあるようです。「酒文化」と言えば、お酒の歴史、種類、産地、製造工程などのお酒に関わることの全てだと思いますが、僕はお酒には詳しくないので、「お酒を飲む」文化という単純な視点から話を進めたいと思います。

 友人同士でも会社同士でもビジネス場でも、多くの社会人にとって、社交、ストレス解消、ビジネスの達成などのために、お酒は欠かせないものだろう。こういう点では、日本と中国が同じだと思います。ただし、「お酒を飲む」文化は日本と中国はずいぶん違います。日本では、「自分のお酒を自分で飲む」という感覚が強いです。つまり、お酒の場で自分の好きな量だけを飲むことは普通です。それに対して、中国では、「皆のお酒を皆で飲む」という場面が多いです。つまり、お酒の場で、自分の好きな量だけを飲むことではなく、皆で決める量を飲まなければなりません。飲めない場合には、駄目の人間とか、友情が足りないとか、ビジネスの誠意がたりないとか、思われ勝ちです。そして、出世しよう男にとって、たくさんのお酒を飲めることは、重要な武器になります。

 僕は日本の「お酒を飲む」文化のほうが好きです。自分の好きな量だけを飲むことは、一番健康的な飲み方ではないかと思います。日本に来てから3年間、お酒を飲みすぎたことは一度も無かったです。それに対して、中国で社会人としての5年間、お酒を飲みすぎた回数は数え切れませんでした。飲みすぎた度に、次回は必ず控えようと思いましたが、結局、次回もやむを得ずに飲みすぎました。これが原因で、痔にもなりました。一体何故そこまで飲まなければならないでしょうか。まだ分からないけれど、多分文化というものに逆らう(さからう)ことは非常に難しいからと思います。

 今僕は日本で「自分のお酒を自分で飲む」で健康的に暮らしています。一方、中国にいる昔の友人、知人たちは前のまま「皆のお酒を皆で飲む」の世の中で出世したり、飲みすぎたりしています。僕は中国の「お酒を飲む」文化が好きではないですが、やはり、中国文化の一部分としての「お酒を飲む」文化を失いたくないです。これからどうすればいいでしょうか。出世せずに、いまのまま日本で健康的に生活していくことは正しいでしょうか。もしくは、中国に帰って、昔の生活に戻ればどうでしょうか。もしかしたら、僕は「お酒を飲む」文化をまだまだ十分理解していないかもしれません。

「お酒を飲む」文化    V1修正前

6共通点・類似点・相違点:あなたの国と日本との習慣の違い(食事のマナー・休日の過ごし方など)を話し合いなさい。

 

お酒を飲まない国はないだろう。もしお酒がなければ、「明月幾時有、把酒問青天」などの詩句なかっただろう。お酒は文化の重要構成要素と言えると思います。また、お酒の味が国によって違いがあると同じように、「酒文化」も国によって違いがあるようです。「酒文化」と言えば、お酒の歴史、種類、産地、製造工程などのお酒に関わることの全てだと思いますが、僕はお酒には詳しくないので、「お酒を飲む」文化という単純な視点から話を進めたいと思います。

 友人同士でも会社同士でもビジネス場でも、多くの社会人にとって、社交、ストレス解消、ビジネスの達成などのために、お酒は欠かせないものだろう。こういう点では、日本と中国が同じだと思います。ただし、「お酒を飲む」文化は日本と中国はずいぶん違います。日本では、「自分のお酒を自分で飲む」という感覚が多いです。つまり、お酒の場で自分の好きの量だけを飲むことは普通です。それに対して、中国では、「皆のお酒を皆で飲む」という場面が多いです。つまり、お酒の場で、自分の好きの量だけを飲むことではなく、皆で決める量を飲まなければなりません。飲めない場合には、駄目の人間とか、友情が足りないとか、ビジネスの誠意がたりないとか、思われ勝ちです。そして、出世しよう男にとって、たくさんのお酒を飲めることは、重要な武器になります。

 僕は日本の「お酒を飲む」文化のほうが好きです。自分の好きの量だけを飲むことは、一番健康的な飲み方ではないかと思います。日本に来てから3年間、お酒を飲みすぎたことは一度も無かったです。それに対して、中国で社会人としての5年間、お酒を飲みすぎた回数は数え切れませんでした。飲みすぎた度に、次回は必ず控えると思いましたが、結局、次回もやむを得ずに飲みすぎました。この原因で、痔もなりました。一体何故そこまで飲まなければならないでしょうか、未だ分からないけど、多分文化というものに逆らう(さからう)ことは非常に難しいではないかと思います。

 今僕は日本で「自分のお酒を自分で飲む」で健康的に暮らしています。一方、中国にいる昔の友人、知人たちは前のまま「皆のお酒を皆で飲む」の世の中で出世したり、飲みすぎしたりしています。僕は中国の「お酒を飲む」文化が好きではないですが、やはり、中国文化の一部分としての「お酒を飲む」文化を失いたくないです。これからどうすればいいでしょうか。出世せずに、いまのまま日本で健康的に生活していくことは正しいでしょうか。もしくは、中国に帰って、昔の生活に戻ればどうでしょうか。もしかしたら、僕は「お酒を飲む」文化を理解したことは一度も無かったかもしれません。

2009年5月30日星期六

6、共通点・類似点・相違点

作文技術:

共通:AもBも〜と言う点では 同じだ/変わらない/変わりがない

比較・対照:Aは、Bにくらべると、〜

      Aは〜が、(しかし、)Bは〜

      Aが〜のに対して、Bは〜

      Aは〜。{一方、}         Bは〜

         {それ/これ に対して、}

         {それ/これ にくらべて、}

      Aより(も)Bのほうが〜

相違:(AかBかは)〜によって違いがある

その他の重要表現:

[場合] (日本)では、〜。

[伝聞] 〜によると、〜そうだ。

 

例:アジェンダさんから国の習慣について次のような報告があった。

 

 日本でも私の国でも、病気の人を見舞うときに何か適当なものをもっていくのがふつうである。花が喜ばれる品物の一つであるという点では変わりがない。しかし、どんな花をもっていくかは。国によって違いがあるようだ。

 日本では、鉢植え(はちうえ)の花よりもカーネーションやバラなどの「花束」のほうが一般的なようだ。友だちの話によると、鉢植えの花は「根がついている」ので、「寝つく」、つまり、「病気を治らず、ずっと寝たままになる」ということを連想されてしまうそうだ。そのため、根を切り取った花をもって行くのがマナーになっている。それに対して、私の国では一般に鉢植えの花のほうが喜ばれる。鉢植えは、普通の花束にくらべるとずっと長持ちするので、「長生き」につながるからだ。そういう意味で、日本では造花を見舞いに持っていくことがタブーだが、私の国ではそうではない。それはごく普通のことである。

2009年5月10日星期日

高尾山に登ろう V2.0 修正後バージョン

練習:あなたが今までに読んだ本、見た映画、旅行した所などを人に推薦する分を書きなさい。どうしてそれを推薦するのか、理由も説明しなさい。

 

高尾山に登ろう

CHO

東京に来て 3年になりました。この都市では数えきれない電車があり、コンビニ、居酒屋、マクドナルド、本屋、スポーツセンタなどの便利な場所もいっぱいあります。生活に便利ですけど、たりないこともあると思います。それは近くに山が少ないことです。住む場所から一番近い山は高尾山で、電車で1時間ぐらいかかります。僕は東京でこの山しか登ったことがありません。この3年で3回この山に登りました。非常にいい山とは言えませんけれど、なかなか登る価値がある山だと思います。

インタネットで調べると、高尾山は「都民に最も親しまれている山。登山コースも幾つかあり、リフトやケーブルカーを利用すれば誰でも簡単に登れる。山頂からは新宿の高層ビルや富士山を望める。夜景もきれい。山麓では名物のとろろそばをぜひご賞味いただきたい。」という紹介があります。その中で【にじゃない】、僕はリフトやケーブルカーを利用したことと山頂からは新宿の高層ビルや富士山を望めたことがありますが、とろろそばを食べたことはありません。今度必ず食べてみたいと思います。

なぜ高尾山を登りる【ます 可】かというと、以下の4点がポイントとなります。第1は、コストがあまりかからないことです。一時間の電車でいけるので、時間もお金もそんなにかからないと思います。次に第2は、標高599mの山で、非常に登りやすいことです。高い山ではなく、登山コースも幾つかあり、リフトやケーブルカーもあり、誰でも簡単に登れます。第3のポイントは、高尾山山頂から相模湖にいけます。山だけではたりないでしょう。高尾山山頂から小仏城山山頂につき、そして、弁天橋を渡って、相模湖までいけます。結構長い道ですが、弁天橋を渡ってすぐ温泉があります。温泉に入って、山登りの疲れを癒し、ちょっとだけ相模湖をまわり、名前も知らない店で食事をして、「相模湖駅」から家に帰ることは最高の日帰り旅でしょう。最後に、第4は、山を登ることは好きですから。趣味とはいえませんけど、やはり、山の中に育ちましたから、山を登ることは本能によるかもしれません。ときとぎ理由も無く、山を登りたくなります。その時に、一番近い山を登ることは自然のことです。山を登ると、故郷を思い出すことができます。

これからいくつの山に登れるかはわかりませんが、やはり山登りというの【こと よくない】は、どこの山を登るかはそんなに重要ではないと思います。大切なのは、山を登りたいときに、登れる山があることです。東京にいる限り、僕は高尾山を登り続けたいと思います。あなたは山を登ることは好きですか。では、高尾山に登ろう。

2009年4月26日星期日

高尾山を登ろう V1修正前

練習:あなたが今までに読んだ本、見た映画、旅行した所などを人に推薦する分を書きなさい。どうしてそれを推薦するのか、理由も説明しなさい。

 

高尾山を登ろう

CHO

東京に来て 3年になりました。この都市では数えきれない電車があり、コンピに、居酒屋、マクドナルド、本屋、スポーツセンタなどの便利な場所もいっぱいあります。生活に便利ですけど、たりないこともあると思います。それは近くに山が少ないことです。住む場所から一番近い山は高尾山で、電車で1時間ぐらいかかります。僕は東京でこの山しか登ったことがありません。この3年で3回この山に登りました。非常にいい山とは言えませんけれど、なかなか登る価値がある山だと思います。

インタネット上で調べると、高尾山は「都民に最も親しまれている山。登山コースも幾つかあり、リフトやケーブルカーを利用すれば誰でも簡単に登れる。山頂からは新宿の高層ビルや富士山を望める。夜景もきれい。山麓では名物のとろろそばをぜひご賞味いただきたい。」という紹介があります。その中に、僕はリフトやケーブルカーを利用したことと山頂からは新宿の高層ビルや富士山を望めたことがありますが、とろろそばを食べたこともありません。今度必ず食べてみたいと思います。

なぜ高尾山を登りますかというと、以下の4点がポイントとなります。第1は、コストがあまりかからないことです。一時間の電車でいけますので、時間もお金もそんなにかからないと思います。次に第2は、標高599mの山で、非常に登りやすいことです。高い山ではなく、登山コースも幾つかあり、リフトやケーブルカーもあり、誰でも簡単に登れます。第3のポイントは、高尾山山頂から相模湖にいけます。山だけでたりないでしょう。高尾山山頂から小仏城山山頂につき、そして、弁天橋を渡って、相模湖までいけます。結構長い道ですが、弁天橋を渡ってすぐ温泉があります。温泉に入って、山登りの疲れを癒し、ちょっとだけ相模湖をまわり、名前も知らない店で食事をしてから「相模湖駅」から家に帰ることは最高の日帰り旅でしょう。最後に、第4は、山を登ることは好きですから。趣味とはいえませんけど、やはり、山の中に育ちましたから、山を登ることは本能になるかもしれません。ときとぎ理由も無く、山を登りたくなります。その時に、一番近い山を登ることは自然のことになります。山を登ると、故郷を思い出せます。

これからいくつの山に登れるかもわかりませんが、やはり山登りということは、どこの山を登るかはそんなに重要じゃないと思います。大切なのは、山を登りたいときに、登れる山があることです。東京にいる限り、僕は高尾山を登り続きたいと思います。あなたは山を登ることは好きですか。では、高尾山を登ろう。